ウィーン磁器工房アウガルテン 「ハプスブルク家とお茶碗と砂糖菓子」Vol.5

いよいよ、ハプスブルク家の中でも最も力のあった人物の1人に挙げられるマリア・テレジアが登場します。彼女はウィーン磁器工房をピンチから救い、やがて皇室御用達窯となるまでになります。今回はそんなお話しです。vol-5

【テキスト版】ル・ノーブル亭主の徒然なるままに
ーハプスブルク家とお茶碗と砂糖菓子 Vol.5-

亭主様、ウィーン磁器工房に迫る期日って何でした?

「皇帝カール6世から与えられた25年間の磁器製造販売の独占権や。さまざまな作品は生み出されてはいたものの収益は上がらないまま。1743年満期を迎えてしまった。

翌年、皇妃マリアテレジアが工房を買上げ、ハプスブルク家の副紋章である青色の盾形の紋章を工房の商標にすることを許可し、デュ・パキエを総監督に国営の磁器工房として再出発させたんや。

しかし一方でマリア・テレジアは、晩さん会で貴族たちにふるまう高級菓子の材料費や菓子職人への高額な報酬などの支出に頭を抱えていた。それに加え、食卓を飾る食卓装飾品が当時高価だった砂糖を使って作られていたため、財政を圧迫していた。そこでマリア・テレジアは、食卓装飾品を陶磁器で作ることを思いつき、工房に依頼した。これが工房のかなりの収益アップにつながっていったんや。

こうしてマリア・テレジアの援助で工房は再建され、感謝の気持ちとして工房は彼女にディナーセットを贈呈。その絵柄は「マリア・テレジア」と名付けられ、現在も引き継がれているで。

1780年マリ・テレジアがなくなると、工房の経営はゾルゲンタール男爵、ニーダーマイヤー家と引き継がれ、政治の舞台にはナポレオンが登場。彼の登場により、ウィーン磁器工房は最盛期を迎えることになるんや。

【編集・デザイン:大山崎リトルプレイス 大山崎ツム・グ・ハグ  2016年 Vol.5
【大 山崎リトルプレイスについて】私たちノーブルトレーダース(株)の本社は京都にあり、大山崎町は会社設立の原点の場所でもあります。その町で活 動をされている大山崎リトルプレイスさん。町や生活に関する情報をはじめ、近隣地域で活動をしている会社や人々を取材され「大山崎ツム・グ・ハグ」という フリーペーパーを毎月発行されています。その中で多くの人々に陶磁器の魅力を知っていただきたいと始まったのが窯にまつわるコラム「ル・ノーブル亭主の徒 然なるままに」です。

今回紹介されたマリアテレジアシリーズは、日本の皇太子妃雅子様もオーダーされたことがあり、 美しい緑の花々がきめの細かい白磁に映える気品あふれるシリーズです