ウェッジウッド「女王陛下の陶工と呼ばれた男」Vol.3

『女王陛下の陶工』と呼ばれた男
― 天ハ自ラ助クル者ヲ助ク ―

ジョサイア、生涯のパートナーと出会う

前号で、ジョサイアは独立し順調なスタートを切りました。今回は、公私ともに支えてくれる生涯のパートナーと出会うんですね?

「そうや。ジョサイアは、仕事で定期的にリバプールを訪れていたんやが、1762年のある日、膝の状態が悪化。しばらくその地で療養することになってしまったんや。この時に医者を通じて出会ったのが、地元の商人でのちにビジネスパートナー、そして生涯の友となるトーマス・ベントレー。彼は、知性と教養、幅広い人脈を持つ人物で、同年代のふたりはすぐに意気投合。商売やプライベート、芸術や科学、政治など話題は尽きず、手紙でも頻繁にやりとりが続いていくんや。

彼らは、出会って間もなく、有料道路や運河などの建設運動に関わった。当時、交通手段は船や馬で、ウェッジウッド社をはじめ多くの陶工房があるスタッフォードシャー地域と、ロンドンやリバプールなどの都市を1本で結ぶ交通網はなく、商品や材料などを運ぶのに時間がかかり、荷物の破損も多かった。彼らは、事業と国の経済発展に交通網の充実が不可欠であると、賛同者や資金を集めることに奔走。11年の歳月をかけて完成した「トレント&マージー運河」では中心的役割を果たした。

ベントレーと出会って2年後、34歳になったジョサイアは、もうひとりの生涯のパートナー、4歳下の従妹サラと結婚したんや。彼女は、優しく、聡明。8人の子どもの良き母であるとともに、ジョサイアの事業を手伝い、求められれば作品への助言もした。ジョサイアも「サリー(サラの愛称)が賛成しない作品は作らない」と断言するほど彼女を必要としてたんや。

ふたりのパートナーを得て、ウェッジウッド社はますます大きくなり、名声も得ることに。

その成果は、結婚の翌年に現れた。なんとイギリス王妃から注文が入ったんや」。つづく

【編集・デザイン:大山崎リトルプレイス 大山崎ツム・グ・ハグ2017年Vol.17
【大山崎リトルプレイスについて】私たちノーブルトレーダース(株)の本社は京都にあり、大山崎町は会社設立の原点の場所でもあります。その町で活 動をされている大山崎リトルプレイスさん。町や生活に関する情報をはじめ、近隣地域で活動をしている会社や人々を取材され「大山崎ツム・グ・ハグ」という フリーペーパーを毎月発行されています。その中で多くの人々に陶磁器の魅力を知っていただきたいと始まったのが窯にまつわるコラム「ル・ノーブル亭主の徒 然なるままに」です。