ラリック 光の化身

アール・ヌーヴォー期に「モダンジュエリーの先駆者」と呼ばれるほどに宝飾工芸界で高い評価を得ていたルネ・ラリックが、それまでの経歴を棄てガラス工芸へと転向したのは彼が50歳のころ。斬新なデザインを掲げ、宝飾史上の変革者と称賛された彼の美しいジュエリーデザインの数々は、当時のフランスのみならず今なお高い人気を誇ります。

しかし一方で、その彼が50歳という年齢にさしかかるころから試みたガラス造形家としての素晴らしい仕事の数々が、結果として彼をデザイナーとしてではなくアール・デコ期を代表する芸術家として後世に名を残すに至ったと言えるのではないでしょうか。

ガラスは光の化身

ラリックにとってガラスは光の化身でした。始まりは宝飾工芸における七宝(エナメル)です。彼は自身がつくるジュエリーが、女性とともに動き、ともに光を浴びてこそ輝くことを知っていたからです。

彼の目指す表現世界を作る上で、自由自在に色を変え、変幻自在に形を変えるガラスは最高の素材でありました。ガラス工芸への転向後もそれまでと同じく自然や女性をモチーフとしながらも、宝飾工芸時代とは異なり多色使いを避けた作品作りが行われましたが、これは彼がガラスの持つ明晰さと透明性、ガラスを通して輝く光の美しさを求め続けたことにあります。

パリ・シャポン通りの商人の息子として生まれ、16歳の時に宝飾細工師に弟子入りしたことをきっかけに、80歳の時にリウマチが悪化しデッサンが難しくなるまで一貫して光を求め続け、創作人生を歩み続けたラリック。彼の生涯と作品をご紹介します。

ラリックのタイムライン

1860
1860年4月6日 誕生

 

1872
パリのエリート校リセ・チュルゴに入学
初めてデッサンの手ほどきを受け、美術の才能に目覚める
1876
父の死により学業を諦め、宝石細工師ルイ・オーコックの元に弟子入り
1878
ロンドンの美術学校シデナム・カレッジで学ぶ
1882
宝飾デザイナーとして独立
1890
高級商店街に交差するテレーズ通りに工房を移転
小規模ながらガラス窯をも備えており、七宝細工を駆使した宝飾品の創作に注力したとされる
1895
ガラス作品を初めて公にする
1898
パリ郊外にガラス工房を設ける
1900
第5回パリ万国博覧会で100点以上もの宝飾品を出品
宝石部門のグランプリを受賞
1907
香水商フランソワ・コティの依頼を受け香水瓶をデザインする
1910
パリにて「ガラスとクリスタル展」を開催
ガレ、ドーム、ティファニーらと共に参加し、脚付き杯などの作品を出品
この時期にガラス製作に専心することを決意
1913
コンブ・ラ・ヴィルのガラス工場を買い取る
工芸ガラス・メーカーとしての基礎を確立
1920
イロンデル 香水瓶 13cm
「イロンデル」とはフランス語でツバメを意味します。ツバメは家に幸せを運ぶと言われており、ラリックは好んでモチーフに取りあげています。

ツバメたちは、クリスタルの光を受け、気品あふれる姿で表現されています。

1921
アルザス地方に近代設備を整えた第2工場を完成
1925
パリで開催された「アール・デコ博」にてガラス部門の責任者を務め、国際的な評価を得る
1926
ルネ・ラリック社設立
1927
バコーントゥ ベース(花瓶)
ギリシア神話に登場するバッカス神の祝祭をつかさどる巫女たちが深いレリーフになった、ルネ・ラリックの代表作です。
1929
アンナ アッシュトレイ
ロシアの女性の名をイメージしてできたデザイン。木々に集う小鳥たちが表現されています。
1930
ブルゴイユ
フランスロワール地方の街「ブルゴイユ」にあやかり命名されたこのシリーズ。
1930年代には「アールデコ」と呼ばれる機能主義が浸透しており、写実的な装飾がすたれ抽象的なデザインが広がっていました。ステムを省き三角形モチーフを繰り返した簡素なデザインは、アールデコの特徴を表現しています。
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1930
アントワネット クロック
2羽の小鳥が寄り添うモチーフは、自然を愛したラリックの優しさが表現されています。

クレールフォンテーヌ 香水瓶
クレールフォンテーヌとは、パリ郊外にあるルネ・ラリックの工房のあった場所。
ストッパーにデザインされているスズランは、5月の森で摘まれる幸運の花です。


ドゥ・コロンブ リングトレイ
平和の象徴である鳩が、優しく口づけをかわすリングトレイ。鳩の尾にもアクセサリーがかけられるようになっています。

ダリア ボックス
ラリック特有のフロステッド加工を施したボックスは、ガラスの冷たさを感じさせず、ダリアの花びらの柔らかさと繊細さが伝わります。
ダリアの花も、ラリックがよく好んでモチーフとして使用しています。


1932
東京白金台にある朝香宮邸(現在の東京都庭園美術館)にある玄関大扉のガラスレリーフや照明などを制作。
1933
モッスィ ベース(花瓶)
大型のカボション・モチーフを全体にあしらった花器です。クリスタル部分から覗く世界は、神秘的な無限な世界が広がっています。
1935
ドゥ・フルール 香水瓶
「ふたつの花」と名付けられた名作です。
香水を入れると花びらの部分だけに香水が行きわたり、色鮮やかに花開くしかけがあります。
1939
第二次世界大戦勃発。
工場の操業が停止され、アルザスの第二工場はドイツ軍に接収される
1945
第二次世界大戦終結
四月、連合軍により第二工場が解放される
1945年5月5日死去