ウェッジウッド / WEDGWOOD

ウェッジウッドは、「英国陶工の父」ジョサイア・ウェッジウッドによって創設されました。

ジョサイア・ウェッジウッド

1730年、トマスとマリー夫妻の13人兄弟の末っ子としてストーク・オン・トレントのバルスレムに生まれました。 家業は、小さな規模のチャーチャード窯でしたが、根っからの陶工の子として育てられました。

1739年、父の死によって家業は長男トーマスが継ぎ、学校を中退したウェッジウッドは兄のもとで本格的な修行を5年間積みます。 22歳のときに長男と別れ、ハリソン・アンド・オルデンス窯に共同経営者として参画しますが、 1754年進歩的な陶工として知られていたフェントン・ヴィヴィアン窯のトーマス・ウィールドンと共同経営することになりました。

そして、1759年29歳のジョサイアはバーズレムにアイビーハウス工場を借り独立しました。それがウェッジウッドの始まりです。

ジョサイアは、1795年1月3日にこの世を去りましたがその精神は今日に至るまで脈々とウェッジウッドの中に流れつづけています。

ウェッジウッドの代表シリーズ「ジャスパー」の誕生

1774年、ジョサイア・ウェッジウッドは新しい炻器(せっき)=ジャスパーウェアを完成させました。

ジャスパー(碧玉)とは、石英の一種。緑、黄、青、褐色などの美しい色彩のバリエーションがある鉱物でジャスパーの商品名はそこから取られました。 ジャスパーの完成は、日夜繰り返された実験、4年くらいに及ぶ1万回ものトライアルの結晶でもあります。

ジョサイアは、この完成をロンドンで働く共同経営者「トーマス・ベントレー」に2通の手紙によって伝えました。製法などが外部に漏れるのを恐れてわざわざ2通にわけたとか。 そして、その技法は今現在も変わることなく受け継がれています。

そしてジャスパーで忘れてならないのが「カメオ」。ジャスパーは、ブルーやセージグリーン、ライラックなど素材は同じでも地色を出すために加える顔料によって収縮率は微妙に異なります。 このため、薄い「カメオ」を合体させるのは困難でした。カメオは、まず石膏でデザインを起こし、それから陶器で製作されました。 一度焼成すると粘土の状態の時の約15%縮みます。そこでジョサイアは、まず大きな下絵を作り必要によって何回にも分けて焼成しながら、縮小させていく方法を採りました。

カメオのモチーフには、古代の装飾模様や図柄が最も好まれました。その後、「ジャスパー=ウェッジウッド」のイメージを定着させることに成功したのでした。

バックスタンプにも使われている「ポートランドの壷」

1786年から4年の歳月をかけジョサイアは、古代ローマのカメオ・グラスの傑作「ポートランドの壷」をジャスパーで再現することに成功しました。

オリジナルのポートランドの壷はガラスであり色彩も濃いブルーです。ジャスパーで新しい色を出したり、白いレリーフとの合体などその作業はジョサイアの想像をはるかに超えるものだったそうです。 そして特に苦労したのはガラスの質感をどうだすかでした。ジョサイアは、この壷の再現に没頭し、1788年精神的・肉体的に消耗してしまいロンドンの医者にかかります。 医者は彼に、すぐに休養を取ることをすすめましたが、「壷が完成するまでは休めない」と断ったそうです。

1790年ついにジャスパーの壷は完成しました。そのときジョサイアは、60歳でした。この深いブルーのジャスパーは、今も「ポートランド・ブルー」と呼ばれ親しまれています。

※オリジナルのポートランドの壷は、紀元前30年~20年頃のアウグストゥス帝時代の初期にガラスの工芸の中心地であったアレクサンドリアで学んだ名匠がローマで作成したといわれています。 現在は、大英博物館に展示されています。

天才的な産業人「ジョサイア・ウェッジウッド」

2016.08.26